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ヒラリー・クリントンのこれまで!母の教えと若い頃、恋愛、結婚そして政治家として

更新日:

アメリカ大統領になる!かもしれないヒラリー・クリントン。

いったいどんな人なのでしょう。

ここでは大統領候補者の一人ヒラリー・クリントンのこれまでについて

生い立ちや性格とエピソード
若い頃の彼女とビル・クリントン元大統領との出会い・プロポーズ・結婚
政治家としての信条や業績

さらに妻としてくぐり抜けた夫のスキャンダル、母としての人生などについてご紹介します。

 

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 誕生から成長・結婚まで

1)生い立ちから大学入学までのエピソード

誕生

ヒラリーは、1947年10月26日シカゴで衣料品店を営む家庭に生まれました。*大統領選の日には69歳!

父親のヒューロータムは繊維業界の実力者、母親のドロシーは専業主婦でした。両親とも熱心なクリスチャンでした。

ヒラリーは長女。二人の弟がいます。

 

「強くなれ」と教えた母

ヒラリー・クリントンというと、『強い女』とイメージを持つと思いますが、その原体験は4歳の時。

ヒラリーはいじめられ泣いて家に帰りました。

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すると、母親ドロシーは「この家に弱虫なんて住む場所はないの。次に彼女が叩いてきたら、たたき返してやりなさい」といったのです!

この女性でも強くなければならないという母の思いは子育て全般に及んだでしょうから、ヒラリーが精神的な強さを身につけたのはお母さんの影響といえるでしょう。

 

活動的な子ども時代

ヒラリークリントンの幼少期は、スポーツに興味を持ち、テニスやバレーボールなど積極的に参加し、アクティブな女の子だったようです。

バレーボール

宇宙飛行士になれない?政治に関心!

その後、才女らしいエピソードがありました。

13歳の時、ヒラリーはNASA(アメリカ航空宇宙局)に宇宙飛行士になりたいと書いた手紙を送りました。・・・ところがその返事は「女性の希望者は受け付けていない」というもの。

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この事がきっかけとなり、女性には就くことが出来ない職業がある事を知って、不公平を感じたヒラリー。

政治に対して興味を抱くようになり10代の頃から共和党員として活動を開始します。

*共和党:保守派。今ヒラリーが所属する民主党にとっては反対政党。福祉よりも自助努力を尊重し「小さな政府」を目指します。中絶やゲイには反対の立場。

 

弁護士を目指す

メイン南高校を卒業したヒラリーは、弁護士になるため1965年マサチューセッツ州の名門女子大ウェルズリー大学へ進学しました。
ウェルズリー大学
By Jared and Corin (IMG_1359.JPG) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons
成績は主席。1969年に卒業しました。

卒業式では上院議員エドワーズ・ブルックリンの演説後、ヒラリーが卒業生総代としてスピーチ。上院議員を批判し注目を浴びる存在となりました。

 

ロースクールへ

1973年イエール大学のロースクールへ進学。

イエールを選んだのは、あるパーティーでハーバード大学の教授から「我が校にはこれ以上女はいらない」といわれたから^^

 

2)影響を与えた人、出来事

家庭は保守中道

ヒラリーの考え方は、保守派である両親の考え方から影響を受け保守でありながら中道(穏健な保守)でした。

 

スラム街を見てリベラルへ

しかし、中学生の時期に出逢った教師やドーン・ジョーンズ牧師により徐々に考え方が変化していったようです。

ヒラリーは、シカゴへ連れて行かれスラム街(貧民街)などを見ました。

また、マーチン・ルーサー・キング牧師に出逢ったことも考え方がリベラルの方向へと傾き始めた要因かもしれません。

 

*リベラル:保守派の反対。民主党など。「大きな政府」で福祉を重視します。中絶を認めゲイにも寛容です。

*キング牧師:アフリカ系アメリカ人の公民権運動の指導者。「I have a dream.」の演説が中学の英語の教科書にのっていますね。

 

3)ビル・クリントンとの出会いと恋、結婚まで

さて、弁護士をめざしイェール大学のロースクールで学んでいた若い頃のヒラリー。

彼女はそこで運命的な出会い!を果たします。

将来自分の夫となり、第42代大統領に就任するビル・クリントンとの出逢いです。

 

出会い

先にヒラリーに惹かれたのはビル

図書館でビルからちらちら見つめられたヒラリー。お互いに目を合わせては離しを繰り返した後、ヒラリーはビルに歩み寄りました。

「もしあなたがずっと私を見続けるなら、私はふりかえり続けることになる。お互いに自己紹介したほうがいいかも」

こうして交際がスタートしました。

 

プロポーズ

卒業後二人はヨーロッパへ旅行。ビルは日が沈む頃、湖のほとりでヒラリーにプロポーズしました。

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・・・でも何とヒラリーは「今はだめ、時間をちょうだい」と断りました。理由は「ビルに夢中だけどこれからの自分の人生についてはどうしていいか全くわからないでいたから」

 

そしてアメリカに帰国後、飛行機で仕事を探し行くヒラリーを空港まで送ったのはビル。この時ヒラリーはある家が気に入って「すてきな家ね」と言い、その後そのことは忘れていました。

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ヒラリーがふたたび戻ってきた時、ビルは「君が好きだった家を覚えてる?それを買ったんだ。僕は自分だけでそこには住めないから、君は僕と結婚したほうがいいよ」と二度目のプロポーズ。

二人は結婚することになりました。

*ビル・クリントンのプロポーズを受けたのは何故かと聞かれたヒラリーは私のことを怖がらない人だったから」と答えています^^

ビルが大統領になった後、二人はガソリンスタンドで働くヒラリーの元カレに出会いました。

ビルが「僕と結婚していなかったら君は今頃ガソリンスタンドで働く男の妻だね」というとひらりーが「あら、そしたら彼が大統領になっていたわよ」と答えた話は有名です。

 

政治家として

1)リベラル、でも必要があれば立場を調整

ヒラリー・クリントンの政治的主張はあくまでもリベラル。貧富の差や差別に大して、国が積極的に介入すべきという立場です。

・・・支持層は非白人層や女性層で、人工中絶も女性の権利として主張して来ました。

この根底には、スラム街でみた貧困やキング牧師との出会い、そして幼いころに母親から教わった「やられたらやり返しなさい」という人間としての強さがあります。

そして状況によって世論に同調、それまでの政治的立場を変える政治家らしさ、したたかさも持ち合わせています。

*上院に当選するとイラク戦争開戦に賛成。もともと民主党の中ではタカ派のヒラリー。キリスト教の支持層である中道や保守派に支持を得ようとしたものです。

 

2)子供の頃から政治家をめざした

ヒラリーはおそらくずっと政治家をめざし、キャリアアップのための進路を選択してきたのではないでしょうか。

・・・ウェルズリー大学を主席で卒業したこともやがては政治家へなる事を頭の片隅に置いていたのかもしれません。

*ウェルズリー大学:世界的にも高く評価される私立の名門女子大。「世の中に変化をもたらす女性に優れた教養教育を行う」がミッション。

 

ビル・クリントンと結婚する時も「この人なら大統領になる、自分はそれを助けることができる」と考えました。

*ビル・クリントンは若いときから非常に魅力があり老若男女の心をつかむことができました。オバマ大統領もそうですね。

 

夫のビル・クリントンが大統領になってファースト・レディーとなったヒラリー。その後、大統領選ではオバマに破れましたが、オバマ政権下で国務長官となりました。

若い頃、思春期のころから一貫して政治家としてアメリカを変えるという信念をもち行動し続けてきたようです。

 

3)国務長官として

オバマ政権のもとで国務長官(日本の外務大臣)をつとめたヒラリー。

外交については共和党寄りといってもいいタカ派(強硬派閥)のためホワイトハウスの政権内で衝突することも多かったようです。

 

国務長官として歴史に残るような業績はありませんが、アメリカが国際関係に積極的に関与することで、ブッシュ政権下の8年間で失墜していた世界におけるアメリカの指導力を再び強固にしたといえるでしょう。

*ブッシュ前政権は9・11事件後、アメリカの安全・国益を最重要視。内向きの政治と言われました。


ヒラリー・クリントン ―その政策・信条・人脈― (新潮新書)

長官を退任する際の政治家としての好感度は61%。オバマ大統領の51%をはるかに引き離す人気でした。

 

 

妻として母として

モニカ・ルインスキー事件

1998年1月、当時大統領だったビルクリントン氏とホワイトハウスの実習生だったモニカルインスキーが性的関係を持ちました。

この不倫は「不適切な関係」としてアメリカだけではなく世界的な話題に。

 

この時ファースト・レディだったヒラリーは、「結婚生活を続ける」と声明を出しましたが、女性として妻としては「離婚」を考えていました。

このスキャンダルに対し世論はヒラリーに同情的。支持率は70パーセントを超えました。

*後年、ヒラリーは離婚しなかった理由を聞かれて「何年も続いてきた愛のため、またビルほど自分を理解し、笑わせてくれる人は誰もいない」からと答えています。
また「これまでの人生で、彼は今なお一番興味深くて人を元気づける活き活きした人だ」とも。

 

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実は仲が悪い?政治のために離婚しないのでは?

結婚した二組の内一組が離婚すると言われるアメリカ。

配偶者の不倫で離婚することは多いですし、ビルとヒラリーのケースなら離婚裁判では不倫をされたヒラリーが圧倒的に有利だったでしょう。

 

しかし、不倫の問題で離婚も考え心が揺れる最中に、ヒラリーは上院への出馬を打診されました。悩んだ末、最後には上院に立候補夫を許すという選択をします。

ビル・クリントンとの間に新しい関係性を構築しようとしてきたのだと感じました。

政治のために離婚をしないのではと言われていますが、実際は夫婦関係が変化し許したという事ではないでしょうか。

 

子ども

 クリントン夫妻のお嬢さんはチェルシー。一人娘です。クリントン財団の副会長。夫はマークさん、銀行投資家です。

2014年に女の子が2016年には男の子が生まれました。ヒラリーは二人のおばあちゃんです。

 

✔大統領官邸のネコ

ホワイトハウスで人気があった飼いネコ、ソックス。

・・・チェルシーが拾ってきた野良猫でしたがクリントン一家に愛されホワイトハウスを自由に動き回っていました。

2001年にビル・クリントンが大統領の任期を終了する時、大統領秘書を務めていたベティー・カーリーさんに引き取られました。

*もう一匹飼われていたイヌをソックスは大嫌いだったため^^ふつうの住宅ではイヌとの共存は不可能と思われました。

最後はがんを患い20年の生涯を閉じました。

ソックス

 

終わりに

ヒラリー・クリントンは政治家としてアメリカをよくしたいという思いから進路や生き方を選択し着実に歩んだ女性です。

彼女の特徴は強さ。悲しみや苦しみ、困難に立ち向かって進もうとします。

・夢中になっている恋人からのプロポーズを「自分の進路が決まっていないから」と断ることができる強靭さふつうできません^^

・モニカ・ルインスキー事件を乗り越え政治家の道を選んだ精神的強さ

当選したら彼女は、どんな大統領になりアメリカをどう変えていくのでしょうか。

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